Homeless boy

仕事の都合で、今年の始め、つまり1月の初旬にアメリカから日本に引っ越しした、うちの次男。 隔離期間や、引っ越ししてすぐ仕事が始まったりと、色々な事情が重なり、昨日まで「家なし」状態だった。 アメリカから持ってきたいくつかのスーツケースと共に、窓もない薄暗い狭い部屋を臨時の宿舎として寝泊まりしていて、本人は「別にフツーに寝てるし何ともない」と言っていたものの、どうすることもできない私は一人、悶々としていた。 そして今日。3か月ぶりに!やっと。 アパートの契約を済ませ、彼だけの「城」に入居したと聞き、涙が出るほど嬉しかった。 仕事先から住居の補助が出ることとか、見せてもらった部屋の中から選んだ、もろもろの関係上、一人で住むにもかかわらず3LDKの部屋に決めた次男。 日当たりも良く、広いベランダの向こうには見晴らしの良い海が見える。(動画を切り取っているので変な写真だが。) 良い部屋が見つかって良かったね、息子。3か月の苦労(というほどのことでもないけど)がこれで吹っ飛ぶね。 あとは彼女がいれば、最高だね。 本人は当分、仕事に集中する予定だそうで。 あーこのアパート気に入ったなぁー。と、本人も満足げ。 「おっと、日本ではアパートじゃなくて『まんしょん』というんだよねー」と一人にやついている。 そう。 アメリかではマンションというと、セレブが住んでいそうな豪邸と言うニュアンスで、フツーの複合住宅は「アパートメント」なので。 自分が住むアパートが「マンショ…

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それぞれの。

島に住んでいたころ、よく見かけていた懐かしいピンクの花。 ここのところ、釜山に引っ越してくる前の大好きな友人たちと話す機会が重なった。 彼女のブログ 島で生活していた、息子たちが小学生と中学生の頃、息子たちの担任としてアメリカ本土から島にやって来た先生、Bがいた。 当時、息子たちが通っていた学校の校長先生が、シアトルかどこかで開かれた、教師のリクルートフェアで雇用してやってきた先生だった。 彼女は小学生の娘がいるシングルマザーで、明るくて、教師と言うよりも生徒たちのちょっと年上の友人と言った雰囲気の女性だった。 今でも記憶に残っているのだけれど、赴任して初めてのクラスで、Bが最初にやったことは、自分が推薦したい本のリストを生徒に配ることだった。 もちろん彼女自身が読んで心に残った本の数々で、受け持つ生徒たちにもぜひ読ませたいと思ったという。 保護者向けのレターにも、ズラズラと並んだ本のタイトルがあり、生徒たちにこれらの本を読ませることを一年の最大の目標として掲げている、家庭での協力なくしてはこの目標を達成することはできない。ぜひ子供たちに本を読むように勧めてくださいという事が書いてあった。 その先生と我が家は一時、偶然にも同じアパートメントで暮らしていた。 縦割りで家の中に階段があるそのアパートは2棟で成り立っていて全部で10ユニットしかない小さなアパートだったのだけれど、当時息子たちが通っていた学校には徒歩で5分ほどの距離だったし、丘の上にあったそのア…

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バイオリンとネコ

木のまな板って、いいなと思い立ち。 いつもほぼ数か月ぐらいで「使い捨て」のプラスティックのまな板をダイソーで買い続けていたけれど。 ここのところ、おかずのレシピをYouTubeで検索していると、木のまな板の上で野菜を切る音、ね。 それから、「まな板」という使い道よりテーブルにパンやステーキやチーズを載せてもそれらしい雰囲気になる。 それで木のまな板をいろんなサイトで検索したら、金額も種類もピンキリで限りなく出てくる。 コロナの影響で、家での料理や、ちょっとしたつまみを作って家呑みが韓国でも流行っているのだろう、多分ね。 それでワタシと同じように、YouTubeでレシピ動画を観て、「あ、まな板の上で包丁で野菜を切る音、いいな」と思う人がたくさんいるのだろう。 そして検索をしたそのサイトには私も気づかぬうちに私の「足跡」が残され、私のインスタにはこれでもかというぐらいの「木のまな板」の広告アカウントが入ってくるというワケ。 マホガニー、天然木、くるみ、竹、イチョウの木、プレーティング(플레이팅)、ホームカフェなどなどのハッシュタグ付きで。 だからここ数日、木のまな板ばっかり見ていた。 あれもいいな、これもいいな。 高いのもあれば安いのもある。 口コミももちろんチェック。 数日迷って、値段も大きさも手ごろで、口コミも良さそうなまな板を3枚、セットで買って使っている。 厚みもあって、プラスティックの薄っぺらいまな板より切りやすく、気に入っている。 実は…

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きたきた。やっちまった。

タイトル通り、やっちまった。 腰です。 思い起こせば2年半ほど前の、2018年の6月。 長男の大学卒業で、アメリカへ旅行する数日前に。 卒業式の前夜には、フォーマルなディナーパーティがあり、ドレスも用意したので、「こりゃちょっとダイエットしなきゃ」と、YouTubeを見ながらダンベルを持ってみたり、ちょっと体を動かした。 ちなみに、こういう動画。 はい。 動画の選択からして間違えていた。 今ならわかる。 それが息子の卒業式に向かう10日ほど前だった。 その時も痛くて歩くこともできず、座っていても痛いという状態で、14時間だかの、一人での飛行機の旅や、卒業式への参加もどーしよーどーしよーと不安でいっぱいだった。 息子の卒業式は、フットボールの試合も行われる大きな屋外競技場で、観客席は数十段の階段になっていた。 一段一段、どうにか席まで降り、上がる時には次男に後ろから支えてもらってどうにか上がったのだった。 そうやってどうにか、無事に卒業式を終えて帰ってきた。 あの時は、今考えれば「気が張っていた」のと「勢い」で乗り切ったと言える。 10日間ほどの滞在を終えて釜山に帰ってきてから、整形外科に行って腰に注射を打ってもらった。 生まれて初めての、腰への注射。 冗談抜きで死ぬかと思った。 想像されると恥ずかしいけど、いや、でも想像して見てほしい。 言われるままに、注射専門の医師とその助手のような人の前にうつぶせに横たわり、着ていた服と下着をず…

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2月1日という日

2月1日。 祖父母が亡くなった命日。 その時のことは、ここに書いた。 上の記事は2005年に書いたもので、すでに16年前。 祖父母が亡くなったのは私が小学生の頃だから40年以上も前のことになる。 先週、Gと散歩に出かけて信号待ちをしていたら、目の前を消防車や救急車がせわしく通り過ぎた。 消防車や救急車のサイレンの音は、私に何とも言えない感情をもたらす。 近所でサイレンの音がなると、家族に何かがあったのかと不吉な気持ちになるのは、誰にでもあり得る感情だと思っていたけれど、私の感情はどうやら、小学生の時に火事で祖父母を亡くしたことのトラウマなのではないかと思い当たった。 消防車や救急車のサイレンの音を聞くと、足元に暗い影が立ち込めてそれがどんどん上に向かって来る感触。 自分の周りに黒い幕を張って耳をふさぎたくなるような、そんなちょっとした気分の変化。 だからと言って、数十年前の、子供の頃の衝撃を未だに引きずっているというワケでもないけれど。 昨年、父が亡くなり、祖父母と曾祖母が眠るお墓に、父も入った。 ずっと日本以外の国で暮らしている私は、毎年2月1日にお墓参りに行く機会もないけれど、どこにいてもこうして祖父母のことを思いだす日。 20210131_151146.mp4 週末の散歩。 ブログランキング参加中 ブログランキング参加中

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幸せになれる人となれない人

今朝、何となくネットニュースを流し読みしていたら、延世大学哲学科のキム・ヒョンソク名誉教授のインタビュー記事が載っていて、何となく読み始め、読み終わった後にしばし考えさせられる、良い記事だった。 「100年生きてみて分かった、絶対に幸せになれない人々」というインタビュー。(100년 살아보니 알겠다, 절대 행복할수 없는 두 부류) 深く同意できる部分もあり、私の考えとは少し違うと思える部分もあり。 何よりも、この方のまだ半分しか生きていない私には、これからの自分の人生について想像を膨らませて考えるきっかけになった。 下は、記事の主要部分だけ抜粋して、私が意訳したもの。 Q&A式で、「Q」はインタビューを行った記者の方の質問。 「A」は、キム教授が話された部分。 オリジナルの記事はこちら。 https://n.news.naver.com/article/025/0003073764 100年を生きた人が考えること。 このキム教授、今年で102歳になられるのだそうだ。 この記者がキム教授にインタビューを行ったのはこれで2度目だそうで、1度目は「進歩と保守」についてだったそうだ。 二度目である今回は、「幸福」がテーマ。 その理由として、「幸せ」は、すべての人にとってキーワードとなる言葉。 この記者は、「長く生きていて思う事は、『幸せ』は何も特別なことではない。これこそが幸せというものだ」なんていう答えを多少、期待しつつインタビューにのぞんだと…

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