子育ての頃とほろ苦い家

「去年の今頃は何をしていたのだろう」「10年前の夏はどんな風に過ごしてたんだろう」と思い立ち、過去のブログなどを見ると、当時の情景が一気に頭に浮かんで懐かしく思うこともあれば、ブログに自分がしっかり書いた詳細を読んでも読んでも、まったく思い出せない出来事もある。

そして過去のブログから透けて見えるのは、30代、40代の自分の姿。
「頑張ってます、子育て!」という何かのスローガンみたいな勢いと、何というか「誰にも負けません」というような、攻撃性みたいもの。

今はちょっと薄らいだ、ちゃきちゃきの、尖った元気さみたいなものがあったなぁ、と。

住んでいた島は、その小さな土地に多人種が住んでいて、子育てを一緒に頑張っていたママ友たちも当然、ガイジンが多い。
息子たち二人は、4歳のプレスクールから中学卒業までの10年間、ずっと一つの同じ学校に通ったので、息子たちが4歳の頃からずっと一緒だった友達とその親がいるわけで。
彼らとは、今でもたまに連絡を取り合うし、子供たちは感覚的にはまさに親せきの子みたいである。

よく家族でホームパーティに集まったり、ホテルのプールで子供たちを遊ばせておいて、親たちはプールサイドでハッピーアワーを楽しんだりと、楽しいこともあったけれど、当然、子供同士のことでもめることもあった。

まぁ、アメリカ人に限ったことでもないと思うが、子供同士のもめごとになると、親は自分の子供の味方になりたいわけで。
そういう時、仲のよかったママ友は皆、強かったのである。
回りの、特に仲のよかったママ友は皆、アメリカ人、そして私より皆、年上だった。

英語でのやり取りだから、もともと気が強いことに加えて弁が立つ彼女たちとやり合う中で、私も例にもれず自分の息子の味方であるために、私のある種の「攻撃性」が磨かれたのではないかと。

とにかく、自分の過去の、特に子育て中の記事を読むと、子育て中の母親は、強い。と、他人事のように自分を眺める感覚。

そんな子育てのことに加えて、今日はこんな記事をみつけた。

http://www.busanmoments.site/article/461206127.html

この記事に出てくる家に引っ越したのが、ちょうど10年前。
この家は、今思い返しても素敵な、大好きな家だった。
それまでは、いつも海が見える家で暮らしていたけれど、この家から海は見えなかった。
山を登って、細道を入ったところにある隠れ家みたいな家で、何だかその細道に入るとがらりと周りの空気が違ったように感じた。
それが何だったのか、今でもよくわからないけれど、そこだけ異質の、静かな空気が流れているように感じたとしか言えない。
特に夜は、その静謐さが際立って、車の音も波の音も、何も聞こえない山の中の異空間にいるような。
これは私だけが感じたものではなく、よくうちで集まっていた複数の友人も言っていた。
この家は、暖かい。居心地が良い。また来たくなる何かがある家。
韓国人の友人は、기가 좋은 집 つまり、風水的に運気が良い家だという言い方をした。

この家にできるだけ長く住みたいと望んでいたけれど、残念ながらそれは、諸々の事情で叶わず、この家に住んだのは2年ほどだった。
家での時間は大好きだったけれど、一緒に住んでいた当時の夫との関係もよくない頃だったし、何だか未来が見えないような、常に心の奥がざわざわと波立っていたような、そんな頃だった。
だからこの家は私にとって胸が暖かくなる記憶でもあり、苦くつらい気分を蘇らせるものでもある。
今となっては、私の大切な過去のできごとの一つ。

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昨日のサンセット。

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