久しぶりのインディーズ映画

久しぶりに、「映画の殿堂」で韓国のインディー映画を観てきた。
日本でもインディーズ映画は小さな映画館でたまに観ていたけれど、韓国に移り住んでこんなにも気軽にインディーズ映画を観ることができる環境にいられるというのは、本当にラッキー。

インディーズ映画は通常の映画館では上映していないし、観たければそれ専用の、どこにでもあるというわけではない小さな劇場に足を運ぶ必要がある。
それがたまたまうちのすぐ近くの「映画の殿堂」。
ハリウッド映画よりもどちらかというと、地味なインディーズ映画やヨーロッパ映画の方がはるかに好みである私にとって、こんなラッキーなことはない。

インディーズ映画には、莫大な資金を投入して大きな企業スポンサーがつき、大スターがこぞって出演する映画とはまったく違う魅力がある。
たまには「はずれ」もあるけれど、ほとんどは何かしらの魅力がある作品ばかり。

今回観た映画は、その中でも大当たりといえるぐらいの、グイグイ引き込まれる深ーい映画だった。

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タイトルも、えぐい。
「욕창」。「褥瘡」。
そう。寝たきりの患者の体がベッドに擦れてただれる、あの褥瘡。

定年退職した公務員である夫と、半身不随で寝たきりの妻、その家族である娘や息子夫婦、看病人として住み込みで雇われた中国朝鮮族の女性。

寝たきりの妻の体にできた褥瘡から、ストーリーが始まるのだけれど。
何だか暗ーい話かと想像したけれど、夫が看病人と結婚すると言い出すあたりから、コミカルチックなシーンもたくさんあり。
私はぐふふと笑いたかったけれどその小さな劇場で笑っている人は誰もいなくてシーンとしていたので、抑えた。

それに観終わった後にネットを検索して気づいたのだけれど、長女役で出ている地味目の女優さんは何と、「82年生まれキムジヨン」の監督だというではないか。


ここから下はネタバレあり。観る予定の人は読まないでください。

定年退職して寝たきりの妻と暮らす父親が、看病人と結婚すると言い出すあたりから娘や息子夫婦と決定的な親子の間での亀裂が生まれる。
「寝たきりで話したり感情を表すことができないとはいえ、(離婚して新しい女性と再婚するという事は)母に対してひどい仕打ちではないか」という反発から始まり、過去のことに遡り、心の中にたまっていた父親への鬱憤が爆発する。
父親にも言い分がある。
妻への責任や愛情が消えるという事では決してない。
看護人と籍を入れることで、妻の介護に協力してもらい、妻とは一生、子供たちに迷惑かけずに自身が責任を持って生きていくと突っぱねる。ついでに、不法滞在である看護人の問題も同時に解決できるではないかと。

それでそんな家族のいざこざの怒鳴り合いの真っただ中に、ベッドで寝たきりのはずの母親の部屋から「どん!」と音がして、家族が駆け付けると母親はベッドから落ちていた。

これをどう見るか。
夫への渾身の力を込めた「抗議」「怒り」か。

それとも、これ以上娘や息子との諍いはやめろというサインか。
あなたの気持ちはわかっているから、思うようにしろという合図か。

話せないのだから何が言いたいのかはわからない。

私は、映画を観ながら、この身動きできずに目だけで何らかの感情が読み取れるような読み取れないような、そんな妻に感情が移入していった。
それで、私がこの「妻」だったら、と考えてみる。

私だったら。
わからない。
難しい問題。
映画を観終わった直後には、間違いなく後者だと思っていた私だけれど、映画を思い返して数日たってみると、わからなくなってきた。

こういう、観る人に解釈をゆだねるというような、そんなところもインディーズ映画の面白いところ。

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