自己紹介

20181023_161828_001.jpg

私のブログを訪問してくださり、ありがとうございます!
このブログは私が2005年から2012年までの間のサイパン生活と、2018年から始めた釜山生活のことを書き記したものです。

東京で生まれ、島へ移り住む



私は日本で生まれた在日コリアン3世。
20代なかばの頃に、「日本の大手旅行会社のサイパン現地法人が、日本語と韓国語を話せる人を募集しているよ」という当時の友人の言葉を聞き、じゃ、ちょっと行こうかな、と思い立ったのがきっかけで、サイパンへ単身移住。

1年ごとの就業ビザの更新が前提だったので「1-2年ぐらい、仕事をしながら南の島での生活を楽しんで帰国する」というのが漠然と頭に描いていた計画だったが、その後、21年に渡って島に住み着くことになる。

まぁ、当初の私の計画は、言葉通り漠然としたもので、どちらかといえば、「成り行きに任せる」というのが本心だったと、今では思う。
そしてサイパンという島が、思った以上に、住めば住むほど魅力的な、暖かい(人も気候も)土地だったということも、私が長く住み続けた理由の一つ。

そして結婚(相手韓国人)、二度の出産、離婚を経て日本へ帰国。


島から東京へ舞い戻る



20年の間、日本で言えば外資系になるけれど、現地の会社へ就職、また仕事にありつけなくて生活に困った時期もあった。

二人の息子たちがアメリカ本土への大学進学も決まり、私は日本へ帰国。
20代なかばで単身、南の島へ渡った私は、今度は40代なかばで単身、日本へ帰ってきた。

息子たちあはアメリカの大学へ進み、私は日本で一人暮らしを。

思いもかけず、大手IT系のG社の下請け会社に就職し、南の島での20年の生活を終えて帰国した、色の浅黒い「ちょっと変わったおばちゃん」でしかなかったであろう「浦島太郎」の私は、それでも東京での楽しい社会生活を楽しむこともできた。

そして20年間ずっと離れていた両親と頻繁に会えたことも、このころの思い出。
もちろん、島暮らしの間にもたまに帰省していたけれど。
日本に帰国してからは、ほぼ毎週1回のペースで家族と楽しい夕食の時間を過ごした。

だから日本での4年間は、島での20年とはまた別の意味で、とても大切な時間だった。

そして再び、4年間の日本での生活に終止符を打ち、新しい環境へ。

東京からプサンへ



韓国の釜山へ。
現在、一緒に暮らしている彼との新しい生活を始めるために。
それが2017年12月のこと。

現在では、朝と夕方のちょっとしたバイトと、たまに翻訳や通訳。残りの時間は今までの人生で経験のなかった「主婦」生活。

振り返ってみると、20代の頃の「成り行きに任せる」という生き方は、目指していたわけじゃないけど、結果的に私の人生に於いて一貫したポリシーみたいになってたみたい。
自分でも意外と、気に入っている。

なので、これからも自分の人生に何が起こるかわからない。
成り行きに任せる事になるのだろう。

生きてるだけでもうけもの。
人生、楽しんだもの勝ち。

追伸:
このブログはもともと、釜山に引っ越してから書き始めましたが、以前、サイパンで子育て真っ最中の頃(2005年から2012年まで)に書いていたものをあとから合体させました。
サイパンでもブログを中断していたブランクが6年あり、以前に書いたものは今の考えとは違っているかもしれません。
環境の変化と年を重ねることで、考えにも変化があった、ということで、もし以前のブログと矛盾点があってもご理解ください。

この記事へのコメント