ここ数日、読みふけっていた本は柳美里の「命」4部作。
これから子供たちをテニスのレッスンに連れて行くというときに、途中で立ち寄った日本食マーケットで子供たちのおやつを買うついでに、(ホントは本を借りる口実に買い物をしたのだけれど。笑)借りてきたものなのだけれど、4部作のうち3部までの文庫本が目に入った。

命4部作と書いてあるけれど、そこには3部までしかなかった。
一瞬迷ったけれど、三冊、手にとってテニスコートに向かった。
借りて来る時から4冊目がないのがとっても心残りだったのだけれど。

もしかしたら思ったよりつまらなくて途中でやめちゃうかも。
4部目は、別に読みたいと思わないかも知れないし。

という淡い「期待」は見事に裏切られる。
やっぱり、というかなんと言うか、読み進むにつれて、「心残り」は、何倍にも膨れ上がった。

こんな事なら、最初から読み始めなければよかった。
とにかく3部目まで一気に読み終えてしまった今は、4部目を日本の母か友人に送ってもらおうかと思っている。

柳美里の小説は、前はなんだかどーんよりと暗くて読んでいられなかった。
身の回りに起こる一つ一つの事柄に必要以上に意味を持たせて異常とも言えるぐらい深く掘り下げるような感じ。
私と同じ在日韓国人だから興味はあったけれど、自己愛とか、自己満足、自己憐憫、自己陶酔とかの言葉が浮かんできて、どうしても「甘えてる人」という感じがした。本を読む限りでは。

でも、この「命」は、あまりにもあまりにも、その気持ちが私の心にも響いた。
なぜだろう。
前には、柳美里の小説を読んでここまで共感することはなかったのに。
むき出しの感情。嫉妬とか憎悪とか怒り、ストレートな愛情。

「頭のいい人」「頭の切れる人」「賢い人」とは全く違う、狂気と隣り合わせの、言葉にするならやっぱり「天才」って言う言葉になるんじゃないかと思う。

本当にここまで書いてしまって大丈夫なのかというぐらいの、むき出しの話の流れに、私の身の回りのすべてのことが綺麗ごとに思えてくる。

夢中になる小説を読みふけった後に良くあることなんですが、今は柳美里の世界にどっぷり浸かって呆けているような、そんな気分なのです。笑

この記事へのコメント