記憶の証し

日本で3週間過ごして帰ってきてから、私が最初にとりかかった作業。
それは膨大な量の写真を整理すること。
今年は、日本行きに合わせて新しいカメラを手に入れた事もあって、とにかく撮りまくったのだ。

簡単に撮れて、簡単に消せるという気軽さがあるからどんどん撮りはするものの、なかなか「これ!」という写真はない。

それでも、写真というのは年月を重ねれば重ねるほど、その価値が出てくるものだよね。
ブレていようが、写真に顔の半分しか写っていないとしても。

バタバタと日々を過ごしている時には気づかないけれど、数年後、写真を見る事によって、どんどんと記憶の片隅に追いやられる素敵な場面がよみがえる。脳みそのはじーっこにあった、消えかかっている一部分にいきなりスポットライトが当てられてズームでビューンと大きくなる感じ。

そして一枚の写真で、その前後にあった出来事がどんどんと芋づるのように掘り返される。

私はどちらかと言えば物にあまり執着がない方だと思う。
けれど、写真だけは別。

PCに、膨大な量の写真が入ったままにはなっているけれど、去年から、夏休みに撮った日本での写真は、ここで注文している。
Kちゃんに教えてもらったのだ。

ここで注文する夏休みのアルバムは、今年で二冊目。
私の手元にはないけれど、それ以外にもミニアルバムを友人にプレゼントしたりして、写真を選んだり編集する作業も楽しい。

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送られてくるアルバムはこんな感じ。
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ジェイが生まれたときの写真も、今こうして見ると、恐ろしくなるほどにあっという間に過ぎてしまった11年という年月を想うことになる。

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可愛かったなぁ~。笑
この時は「10年後にはどうなっているのかなぁ。」と考えても、想像すら出来なかった「10年後」。
それが今だ。10年後にたどり着くのは、とてつもない長い道のりだと思っていたのに、言葉どおりあっという間に来てしまった。

今から10年後。
ジェイは成人している。
やっぱり頭に思い浮かべることは出来ない。
どんな人間になっているのだろう。

でもやっぱり10年後の私は、今のアルバムを見ながら「あっという間だったなぁ」と思っているはずなのだ。
その頃には、家族と、風景と、私を取り巻く人々の時間が凝縮された、上にあるようなアルバムが増えているはず。

一生、宝物のように取っておきたいような素敵な時間も、時が経てば薄れていく。
特に私は、楽しいことも悲しいことも、すぐ忘れるという「自覚症状」があるので。笑

「忘れないために撮っておく写真。」と言うと、何かさもしいような気がするけれどそれでも、撮っておいた写真を引っ張り出してみると、色んな記憶が呼び起こされて、同時に、10年前から「現在」までたどり着けた事に対する感謝の想いに行き着く。

10年後にも、「今」の写真を引っ張り出して、何かに感謝している。
そういうのがいいなぁと思う。

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