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ジェイの宿題は、最近「宿題らしく」なってきた。 去年までは、ホントにこんなのでいいのかと思うぐらい単純な問題が数問並んでいるプリント一枚と読書20分、というのが宿題の全てだったので、「勉強勉強、ってうるさく言わないで本人に任せる」なーんてかっこいい事を言っていたけれど、最近はそうも言っていられなくなった。 が、6年生の彼の算数の宿題は、まだまだ私にでもどうにか教えられる。 「オンマ、この問題わかる?手伝ってほしいんだけど。」と持ってきたジェイ本人ですら、「オンマにわかるかなあ。」と半信半疑な様子であった。笑 じーっとプリントに見入り、私にでも教えられる範囲であるとわかった途端、「こんなのわかるに決まってるじゃない。教えてあげるからおいで!」ととっても強気に胸を張った私であった。笑 が、こうやって胸を張れるのもあと1年ぐらいかなぁ。 昨日の宿題は、私も根気よく彼に付き合い、「あぁ、そういう事かぁ。すごくよくわかった。」と彼が納得した時は私も胸がすっきりした。 じゃ、授業中にはわかっていなかったのかという不安もあるけれど。笑 こんなふうに約1時間、彼の宿題につきあったのは初めての経験。爆 算数の数式が、私が教えられる範囲を超えるまでどのぐらい残っているかわからないけれど、私もベストを尽くしてわかりやすく説明してあげるしかない。 言葉通り、私のベストを尽くして。ふぅぅ。 ちなみに、算数を教えていて一番困るのは、こーゆー事。 数式の解き方はわかっていても、小学生の頃に韓国語で算数を習った私としては、…

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定規

自分と他人を比べる事で一喜一憂する友人がいる。 彼女は、自分の車が人より劣っているとそれが不満だ。 人の家が自分のそれより大きいと、自分は不幸だと感じる。 ビジネスマンである夫と、弁護士である「友人の夫」を比べて夫をなじる。 仕事を持たない同性の友人を見ると、稼ぎの良い夫の庇護のもと、のほほんと暮らしているのだと思い込み、羨み、毎日仕事をしなければいけない我が身を嘆く。 仕事は楽しんでいるはずで、強制されて働いている訳ではないのだけれど、なぜかそういう話の運びになる。 出来のいい子供を見ると家に帰り、あんたは出来が悪いと、暴言とも言える言葉で子供にプレッシャーを与える。 そして逆に、自分のそれより古い、小さな車を乗り回す友人とは、とってもスムーズな関係となる。 小さなアパートメントで暮らす友人には、「高いお金を投じて家を買ったからとて、良い事は何もないわよ。家族が一緒に楽しく暮らせばそれが一番。」と、物わかりのいい事を言う。 つまり、優越感が彼女をとっても優しくさせる。 すべてがこの調子なので、常に人の目を気にする事になる。 人より劣っているか、勝っているか。 そして、自分よりまさっている人(そのほとんどの事柄は、劣っている、勝っていると判断できるものでは到底ないのだけれど。)は、許せないのである。 自分より幸せそうな人を見ると、そんなふうに明るく笑えない自分が許せなくなり、自分にそんな幸せを与えてくれない夫が許せなくなり、幸せな笑みを浮かべる友人を認めるという事は彼女にとって負けを…

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ライム

車で通りかかった道に、それはそれは大きなライムがこれでもかと言うほどなっている木をみつけた。 木がある敷地には家があったので、その家の人のものなんだけど。 この手のライムを見ると頭に浮かぶのは、焼酎しかない。爆 「何でこんなに熟れてるライムをそのまま放っておくのかなぁ。」と心底不思議そうなリーさん。 「そりゃあんた、このうちの人は焼酎飲まないからでしょ。」 「ふっ。ライムは焼酎を飲むためだけにある訳じゃないだろ?」 「え?そうなの?焼酎のためにこの世にライムっつーもんがあると思ってた。」 くっくっく。 それでなくても、おいしそうなライムだったなぁ。 という訳で、昨日は久しぶりにウォルミジョンへ焼酎と、この店の名物の豚カルビを食べに行ってきた。こーゆー時の行動は素早いのだ。笑

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水の問題

水がない。 蛇口をひねっても水が出てこないのだ。 一日数時間、供給される水でタンクはいっぱいに満たされていたので今までこんな水のトラブルに合った事はなかったけれど、ここ数週間、水が供給されていなかったようなのでタンクはほとんど空になった。 いや、正確に言うと水は送られているのだけれど水圧が弱いからちょっと高いところにあるうちには水が上がってこないのだそうだ。 隣りの家は供給される水をポンプでタンクに吸い上げている。 うちにはそれ用のポンプはないので、細々と供給されてくる水でどうにかしのぐしかない。 幸い、シャワーはスパの中のロッカールームにあるシャワーで済ませられる。 だからか、私たちにあまり危機感はない。 タンクに辛うじて残っている水は、食器洗いやトイレに。 洗濯は回数を減らし、一度にまとめる。 ま、どうにかなるでしょ。 島の生活にすっかりなじんでしまった私たちの生活力である。 サイパンに住む人にとっては別段、今更驚くほどの事でもないけれど、他国に住む人はちょっとびっくりするだろう。笑 特に日本にいる母は、「水が供給されない。」とか、「停電でさぁ。」なんて話をすると、「あんたはホントになんという所に住んでいるのだろうねぇ。」と深いため息をつく。 この島にある家庭の蛇口という蛇口から良質の、例えば飲める水が出てくるようになるのと、私たちがこの島に愛想を尽かして出て行くのと、どっちが先でしょうねぇ。 興味をそそられるところである。

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ハングル学校。その2

「何があったの?」という私の言葉を待っていたかのように、その目からは涙が溢れ出て、大勢の友達の手前、うつむきはしたけれど、彼は声をあげて泣き出した。 この泣き方はただ事ではないぞ。 彼が泣いているのを最後に見たのはいつだっけ? この前テニスの試合で負けた時に涙ぐんでいたなぁ。 それでもこんなふうに激しくは泣いていなかったぞ。 そんな事をぼんやりと考え、そのあまりに悲しそうな泣きように声を失ってしまった。笑 とにかくこれから楽しいバンケットへ送らなければいけない。 会場であるホテルに着くまでの5分間の間に泣いている理由の要点を聞き出さなければならないのだ。 どーしたのどーしたの?友達にいじめられたの?先生に怒られたの?怪我はしてないよね?どーしたのどーしたの?ホテルに着いちゃうから早く話して。 と急かす私に、しゃくりあげながら彼が話してくれたのはこういう事だった。 授業中に仕上げた作文。 テーマは、友人二人を選び、その友人を文章で描写する事だった。 少ないボキャブラリーでもって彼なりのベストを尽くして文章を仕上げたのだけれど、それを先生が生徒皆の前で、下手な作文の見本として取り上げたのだと言う。 そして皆の前でプリントを破る仕草でもって、「もう一度書き直すか、それともこの下手な作文をそのまま提出するか、どうするか。破るぞ。どうするんだ。」と選択を迫ったという。 そして何と答えればいいのか迷っている間にも、「6年生にもなって、こんな下手な作文を提出するやつがあるか。」とネチネチとやられ、ノ…

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ハングル学校にて。その1

毎週土曜日の、子供たちのハングル学校。 子供たちは積極的とは到底言えない態度で、嫌々ながら、渋々行っているというのが現状。 だいたい、ハングル学校に喜んで行くという子供はあまりいないだろう。 ジェイの友人の中に一人、平日に行く学校よりもハングル学校が楽しいという珍しい子がいたにはいたけれど。笑 すきあらば、辞める口実、私とリーさんを納得させるに足りる「ハングル学校を辞めたい理由」を探し求めているようにも思える子供たち。 日頃はどんな事でも出来るだけ深く話し合って、お互いが納得する結論を見つけ出すようにしている私だけれど、ハングル学校に関しては有無を言わせない。 わからない言葉も多いだろうし、教えてくれる先生も語学専門の教育を受けた人ではない。 父兄のうちの希望者が、(報酬を得ているのかどうかはよくわからないけれど)ほぼボランティア同然で土曜日の数時間を韓国人の子供たちのために割いている。 韓国語は、母親としてどんな事をしてでも覚えてもらいたい言葉。 英語圏であるこの島で生んでおいて、親が韓国人だから子供たちにも忘れないでもらいたいというのは、もしかしたら私のエゴかもしれない。 でも一方で、理屈は抜きで何が何でも「韓国人の血」を受け継いだ人間として子供たちにその言葉を覚えさせるのは当然の思いだと肯定したい気持ちもある。 という訳で、私が「理由も理屈もなし。とにかくハングル学校を辞めるという事はゼッタイにあり得ない。」という、問答無用の強硬な態度に子供たちは「あきらめている」というのが現状。 …

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